はじめに
「いのちをうたう」をテーマに据える芸術祭「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」が、いよいよ、9月1日オープンした。
前日の8月31日には、前夜祭「いのちをうたう——蔵王でうたう」と題し、芸術監督の稲葉俊郎さん、歌人の伊藤紺さん、詩人の管啓次郎さんにトーク、シンガーソングライターの前野健太さんにライブをお願いし、開催。会場は、冬場は多くのスキー客で賑わう「ジュピア」。ジュピア屋内の窓から見える上の台ゲレンデには、ビエンナーレに際して、伊藤さん、前野さんの作品を展示させていただいている。
みどりの豊かなグリーンシーズンの蔵王に、うたが響きわたる。それは、前夜祭での前野さんの歌声はもちろんのこと、作品それぞれが発する声があるということ。それらを、山形ビエンナーレ2024では、「うた」と言ってみる。そしてその「うた」は、この土地であるからこそ実現し、この土地でなければ実見できず、この土地だからこそ経験されえるものだ。1年以上準備をしながら、わずか16日間で終わってしまう「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」に少しでも多くの方にご来場いただきたく、いま、この小文を書いている。
東北芸術工科大学から蔵王温泉を周遊する
今回の山形ビエンナーレ2024は、東北芸術工科大学と蔵王温泉の二つのエリアで開催している。その間は約15キロ。車であれば20?30分ほどの距離で、週末(9/1、7、8、14、15、16)のみ、大学と蔵王を結ぶ無料シャトルバスが出ている。どちらから見ていただいてもよいのだが、今回のビエンナーレとしては、まず、東北芸術工科大学の会場を訪れていただきたい。
1階のTHE WALLで開催中の「未明——あちらとこちらのあわい」は、蔵王温泉エリアへとその展示が続く周遊型展覧会+パフォーマンス「ひとひのうた」のはじまりの場所。そしてそれは、同じく大学内の7階THE TOPで開催されている「現代山形考?山はうたう?」の導入にもなるものと考えている。さらに1階では、「未明——あちらとこちらのあわい」に加え、THE WINDOWで人材育成プログラム「キュレーションのマテリアル:歩行?言葉?映像」成果発表も開催中だ。1階と7階の展示を見たあと、蔵王温泉へと進んでいただきたい。
山形ビエンナーレ2024 会場?アクセス
東北芸術工科大学エリアは、「展示」に限ると、以下の内容が基本的に常時開催されている。
「未明——あちらとこちらのあわい」(参加アーティスト:斎藤茂吉、管啓次郎、春原直人、山本桂輔、参加デザイナー:平野篤史、会場:THE WALL)
人材育成プログラム「キュレーションのマテリアル:歩行?言葉?映像」成果発表(講座受講生:荒井佳能、榮村莉玖、河野愛、渋谷敦志、髙安恭介、会場:THE WINDOW)
参加アーティスト:岡崎裕美子、覚張日梨、金子富之、狩野宏明、鹿野護、現代風神雷神考、後藤拓朗、斎藤茂吉、篠優輝、鈴木藤成、多賀糸尊、蔦谷榮三、永岡大輔、中崎透(美術家)、長沼孝三、濱定史、歩火、会場:THE TOP
そして、蔵王温泉エリアへと進むと、「展示」に限ると、以下の内容が基本的に常時開催されている。
「朝——生まれ、目覚める」(参加アーティスト:池上恵一、原田綾乃、山本桂輔、会場:丸伝)
「朝——おはよう」(参加アーティスト:渋谷七奈、会場:ZAO stand MY) *9/3、9/10休み
「昼——流れゆく時間」(参加アーティスト:浅野友理子、管啓次郎、春原直人、大和由佳、参加デザイナー:平野篤史、会場:山形市蔵王体育館)
「夜——眠り、生まれ直す」(参加アーティスト:永岡大輔+濱定史、会場:World Cafe PALETTE)
「朝——おやすみ」(参加アーティスト:渋谷七奈、会場:蔵王四季のホテル)
「蔵王うたのみち」(参加アーティスト:伊藤紺、前野健太、参加デザイナー:平野篤史、会場:蔵王温泉22ヶ所)
人材育成プログラム「キュレーションのマテリアル:歩行?言葉?映像」成果発表(講座受講生:太田遥夏、田辺裕子、林真、堀賢一郎、吉江淳、会場:丸伝)
「暗闇から立ち上がる全ての人たちへ」(参加アーティスト:金子富之、会場:酢川温泉神社)
「ねむりの空間|間の庵/あわいのいおり」(参加アーティスト:渡邉吉太、会場:おおみや旅館駐車場)
「ねむりの空間|景色に溶けるベンチ」(参加アーティスト:渡邉吉太、会場:鴫の谷地沼)
「ねむりの空間|Study 04/鉄」(参加アーティスト:秋本美鈴、会場:鴫の谷地沼)
「ねむりの空間|Study 06/樹脂」(参加アーティスト:秋本美鈴、会場:鴫の谷地沼)
「暴走チル」(参加アーティスト:上野雄次、会場:鴫の谷地沼) *9/14、9/15のみ
蔵王温泉エリアでは、これらに加え、会期終了の9月16日(月?祝)までの毎週末、「イベント」が開催される。そのため、多くの人は、せっかくだからイベントが開催されている週末に行こう、と思うかもしれない。けれども、展示は展示でボリュームがあり、これらをすべて見ようと思ったら、一日から二日はかかる。ぜひ、日帰りの場合は何度か訪れるか、宿泊の場合は蔵王温泉街に宿をとるなど計画していただき、山形ビエンナーレ2024の全体をお楽しみいただきたい。
蔵王温泉の動線(ルート)をめぐる
さて、蔵王温泉エリアは、「展示」はたくさんあるが、動線はとてもシンプルだ。もともと、蔵王温泉に整備されている「蔵王文学のみち 茂吉歌碑めぐり」の「湯の歌碑」をめぐるルート上に、各会場があるからである。
出発地点は、山交バス 蔵王温泉バスターミナル。ゴール地点は、鴫の谷地沼。会場マップの「★」が斎藤茂吉の歌碑を、「数字」が歌人?伊藤紺さん、シンガーソングライター?前野健太さんの作品の場所を示し、No.1から22まで順を追って進んでいただければ、そこここに屋内の展示会場もあるという仕組みだ。徒歩だけなら1時間ほどの距離であるが、たくさんの展示が行われているため、鑑賞のことを考えると、1日かけてゆっくり歩いていただきながら見ていただくことを推奨している。
途中、温泉や食事も楽しんでいただきたいし、ちょっと疲れたなというとき、蔵王温泉街に1ヶ所、鴫の谷地沼に3ヶ所ある「ねむりの空間」(デザイナー?渡邉吉太さんとデザイナー?秋本美鈴さんによる)を訪れていただくと、心地よい「ねむり」へといざなってくれるはずだ。
たとえば、蔵王温泉のスタート地点No.1は、伊藤紺さんの作品で、山交バス蔵王温泉バスターミナルの屋外にある、「蔵王温泉スキー場情報」という大きな地図?看板に展示させていただいている。「おいしくて素敵なことが続いてく道がこの世にあるような気がする」という短歌。伊藤さんは、11首の作品をつくってくださったのだが、この歌は、蔵王温泉エリアのはじまりの場所にぴったりではないかと思い、私からご提案した。それを、平野篤史さんがステンレスの躯体の下部にピッタリおさまるようデザインをしてくださった。隣には、斎藤茂吉の「朝ぐものあかあかとしてたなびける蔵王の山は見とも飽かめや」(斎藤茂吉『石泉』より、1931年)の歌碑が建立されていて、この歌もまた、スタートの場所にとてもふさわしい。朝のうただ。
ここから、ぐるっと左手側へと方向転換し、高湯通りへと向かうと、丸伝がある。もともと稲花餅屋であったが数年前に閉業され、現在のオーナーからお借りした場所で、インフォメーションを兼ねつつ、展示をしている。1階では、美術家?池上恵一さん、2階では、作家?原田綾乃さん、美術家?山本桂輔さん。さらに、「澳门赌博网_皇冠足球比分-官网6年度 文化庁 大学における文化芸術推進事業」の一環である人材育成プログラム「キュレーションのマテリアル:歩行?言葉?映像」成果発表の受講生5名の展示。週末の夕方から夜にかけては、「全国各地に気まぐれで出店する」という「出張BARヨー子」もオープンしているので、ちょっと蔵王温泉で飲みたいな、という人は、ぜひそちらも気にかけていただきたい。アーティストもここで飲んでいるかもしれないし、私も飲んでいるかもしれない。
そして、グングンと高湯通りを歩いていくと、ペインター?渋谷七奈さんの作品を展示させていただいているZAO stand MYや、前野さんの作品を浴場から楽しむことができる下湯共同浴場があり、さらに屋外でも伊藤さん、前野さんの作品がある。あまりたくさん写真をアップすると、来たときの楽しみが薄れてしまうという人もいると思うし、私自身がそういうタイプなので、少なくともこの記事では、基本的には外観の写真を中心にしたい。
お伝えしたい情報としては、ZAO stand MYのご飯とお酒はとてもおいしく、火曜を除き営業していらっしゃるし、下湯共同浴場は比較的熱めだが気持ちのよい温泉なのでぜひ入浴していただきたい。3つある蔵王の共同浴場は、いずれも朝6時から夜10時まで開いている。大人200円と、タオルを持ってどうぞご入浴ください。洗い場はないため注意!
さらに、グングンと歩いていくと、とても長い階段がある。酢川温泉神社の参道で、実はこの写真にも、伊藤紺さんの作品が写っているのだが、その短歌がどんなものなのか、ぜひ、現地で読んでいただきたいと思う。これからこの長い階段を歩いていくぞ…!という気持ちを、きっと励ましてくれるだろう。
そして、この階段を登った先にあるのが、酢川温泉神社。ここでは、画家?金子富之さんが展示を行っている。金子さんの展示は、私が担当している周遊型展覧会+パフォーマンス「ひとひのうた」ではなく、アートイベント「山と土と茶と」の枠組み。ディレクターの岩井天志さんが、蔵王温泉ならではのこの場所で展示をさせていただきたいということで、管理者の方へご相談し、展示が実現した。
酢川温泉神社まで来ると、蔵王温泉街の会場は半分くらい回ったかな…というところ。ここから、前夜祭の会場として使わせていただいたジュピアのある上の台ゲレンデへ向かい、坂道を下っていくと、山形市蔵王体育館がある。屋内展示会場の規模としては、蔵王温泉エリアではここが最も大きい。会場の1階小競技場は、ふだん、卓球や柔道などで使われているようだ。照明には、「食堂」とも書かれていて、かつて、食堂としても使われていたのだろうかと想像をさせる。
この会場では、展示の意図として、よほど雨風が強くないかぎり、窓を開けている。外から吹き込んでくる風がカーテンを揺らし、ときには、作品を少し揺らすかもしれない。前言撤回して、一点だけ、そんな作品をご紹介したい。この会場では、画家?浅野友理子さん、詩人?管啓次郎さん、画家?春原直人さん、アーティスト?大和由佳さんの4人の作品を展示しているのだが、この窓のカーテンに展示しているのは管さんの詩で、デザイナー?平野篤史さんがデザインしてくださったもの。制作は、山形県米沢市にある株式会社シルキーリビングがしてくださった。全部で4点(4か所)あり、それぞれ、詩はもちろん、色合いが違うので、ぜひ会場でその場、その時間の風や光とともに詩を読むことを楽しんでいただきたい。
山形市蔵王体育館の展示までご覧になったら、再び、高湯通り方面へ戻って、樹氷通り方面へと進む。自動車で来られた方は、このタイミングで、山形市蔵王体育館から蔵王ロープウェイへと車を移動させると動きやすい。山形ビエンナーレ2024では、山形市蔵王体育館と蔵王ロープウェイが公式駐車場で、いずれもご厚意で使用をさせていただいている。ただ、この記事では、徒歩ベースで書かせていただきたい。歩くことによって、蔵王温泉を肌で感じていただきたいから。
さて、高湯通りから樹氷通りへ進み、鴫の谷地沼方面へ向かうと、右手に見えてくるのがWorld Cafe PALETTEだ。ここでは、アーティスト?永岡大輔さんと建築家?濱定史さんの展示を行っているのだが、会場は、1階のカフェではなく地下の数部屋。ふだん、コインランドリーとして使われていて、そんなところにどのような作品?展示が展開しているのか、これから訪れる人はぜひ想像して楽しんでいただきたい。お店が定休日の日も、正面向かって左の坂を下ると展示会場への入口があるので、そこからお入りいただける。お店がオープンしている日は、食事や飲み物を楽しむことができ、Wi-Fiも利用してちょっと休憩や仕事もすることができる、蔵王温泉の貴重なカフェのひとつ。
蔵王温泉には、東北芸術工科大学の所有する施設や、美術館、ギャラリーなどがあるわけではなく、屋内外問わず、すべての展示は、どなたかから場所をお借りすることで実現している。一見、空き地のように見えるところでも、地権者の方、管理者の方がいて、その方々のご厚意で、山形ビエンナーレの蔵王温泉エリアの展示が実現しているということは、何度言っても言い過ぎることではない重要なことだ。場所をお借りするということでなくても、今回、どれだけの方々のお世話になったか、私はもうどの方向にも足を向けて寝られないという気がする。
さて、World Cafe PALETTEのあとは、蔵王ロープウェイの蔵王山麓駅の入口近くにある、伊藤紺さんの作品を見ていただいてから、蔵王四季のホテル、そして、ゴール地点である鴫の谷地沼に足を運んでいただきたい。蔵王四季のホテルでは、1階ラウンジに渋谷七奈さんの作品を展示させていただいている。蔵王四季のホテルは、蔵王をモチーフにした絵画がロビーをはじめたくさんの場所に飾られていて、それは、画家の方々に依頼して描いていただいているのだという。素晴らしいことだと思う。ただ、山形ビエンナーレ2024の会場はあくまで1階ラウンジのため、他の館内での作品は、ぜひ、宿泊され、お楽しみください。
蔵王四季のホテルまで来ると、鴫の谷地沼まではもうすぐ。蔵王四季のホテルを出て、車道を進んでしばらくすると、遊歩道の入口があり、そこには、前野健太さんの作品があり、山形ビエンナーレ2024のサインも置いている。鴫の谷地沼のでの前野さんの作品は、既存の看板類にさながら擬態するようで、もしかしたら、気づかない人もいるかもしれない。「ことば」を注視して、ぜひ、見つけていただきたい。
この遊歩道を時計回りに進んでいき、約1.2キロ、30分ほどだろうか、ぐるりと一周すると、伊藤さんの作品4点、前野さんの作品4点にめぐりあう。作品は、木々の下や、横倉滝の近く、注意喚起の看板の近く、斎藤茂吉の歌碑の近く、鴫の谷地沼の地図の近くなど、本当にたくさんのところに展示させていただいた。この鴫の谷地沼は、真水が限られる蔵王エリアの農業用水として使用されている貴重な場所で、管理者の方々は美しい環境を保つことに努められている。私はここでカモシカと何度も出会っているのだが、これからもしかしたら、うたを見つめるカモシカと遭遇することもあるかもしれない。
ゴール地点の鴫の谷地沼で
最後に、鴫の谷地沼にある前野健太さんの「行われている」をご紹介したい。本作は、今回唯一の「歌」の作品。作詞?作曲を前野さんが手がけ、カセットテープに収録してくださった歌を、テープレコーダーで聴くことができるという仕組み。来られた方は、ぜひ、テープレコーダーの再生ボタンを押してください。すると、鴫の谷地沼、蔵王の山々を背景にして、前野さんの歌が響きます。この土地だからこそつくられた歌を、その場所で聴く。他では聴くことができず、ここで聴くからこそ強い意味が生まれる歌。本来、歌とは、そうして、私たちの住まう土地や生活に根ざしているものなのではなかったか。
「小文」と冒頭で書きながら、これまでの連載中最も長くなってしまったこの記事を、東北芸術工科大学と蔵王温泉をめぐり、土地を歩くにあたっての一助にしていただけたら、これほど嬉しいことはありません。それでは、蔵王温泉でお会いしましょう。
(文?写真:小金沢智)
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小金沢 智(こがねざわ?さとし)
東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コース専任講師。
キュレーター。1982年、群馬県生まれ。2008年、明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士前期課程修了。専門は日本近現代美術史、キュレーション。世田谷美術館(2010-2015)、太田市美術館?図書館(2015-2020)の学芸員を経て現職。
「現在」の表現をベースに据えながら、ジャンルや歴史を横断するキュレーションによって、表現の生まれる土地や時代を展覧会という場を通して視覚化することを試みている。
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